第二次世界大戦の解説

大本営発表 ~転進する日本軍

 いよいよ苦しくなった日本軍は「転進」を繰り返し、「玉砕」へと進む。

天皇家からも批判された大本営発表

 昭和天皇の弟である高松宮親王は、次のように日記に書き残している。

「大本営発表の説明は実に『でたらめ』で、けしからぬ話なり。今度のようなの(ソロモン海戦)は実に甚だしく内外ともに日本の発表の信じられぬことを裏書することになる。まるで『ねつぞう』記事なり」

 昭和天皇も戦争末期に皮肉を言っている。

「サラトガが沈んだのは、今度で確か4回目だったと思うが」

ガダルカナル島からの転進

 1943年2月9日、大本営発表。

「ニューギニア島のブナ付近に挺進せる部隊は、寡兵よく敵の執拗なる反撃を撃攘(撃退)しつつありしが、その任務を終了せしにより、陣地を徹し、他に転進せしめられたり。

 同じくソロモン群島のガダルカナル島に作戦中の部隊は、優勢なる敵軍を同島の一角に圧迫し激戦敢闘、よく敵戦力を撃砕しつつありしが、その目的を達成せるにより、同島を撤し、他に転進せしめられたり」

アッツ島玉砕

 1943年5月30日、大本営発表。

「アッツ島守備部隊は極めて困難なる状況下に、寡兵よく優勢なる敵に対し血戦継続中のところ、5月29日夜敵主力部隊に対し最後の鉄槌を下し、皇軍の神髄を発揮せんと決意し、全力を挙げて壮烈なる攻撃を敢行せり。

 その後通信途絶、全員玉砕せるものと認む。傷病者にして攻撃に参加し得ざるものは、これに先立ちことごとく自決せり」

 6月8日、戦艦陸奥が事故により爆沈した。陸奥は長門と共に国民に親しまれた戦艦で、大和や武蔵は国民には秘匿されていた。陸奥の喪失は、なかったことにされた。

太平洋航空戦

 大本営発表によると、1943年後半に日本軍は太平洋でアメリカと激しい航空戦を繰り広げた。ブーゲンビル島沖の航空戦で敵空母8隻、戦艦4隻を撃沈する大戦果を挙げた。続いてギルバート諸島沖の航空戦で敵空母7隻、マーシャル諸島沖航空戦で敵空母1隻を撃沈、さらに多数の巡洋艦を撃沈あるいは大破させた。

 だが、これだけ敵空母を撃沈してもアメリカ軍の攻撃は強まるばかりであった。実際には空母も戦艦も1隻も沈んでいなかった。

トラック諸島の被害若干

 トラック諸島は、日本の連合艦隊の重大拠点だった。そのトラック諸島がアメリカ軍機動部隊の空襲を受けて壊滅。連合艦隊はパラオ諸島へと逃走した。このとき、海軍報道部は正直に「被害甚大」と原案を作成した。

 1944年2月21日、大本営発表

「トラック諸島に来襲せる敵機動部隊は、帝国陸海軍部隊の奮戦によりこれを撃退せり。本戦闘において敵巡洋艦2隻撃沈、航空母艦1隻撃破、飛行機54機以上を撃墜せしも、我が方も巡洋艦2隻、駆逐艦3隻、輸送船13隻、飛行機120機を失いたる他、地上施設に若干の被害あり」

 この日以降、大本営発表で連日活躍していたラバウル航空隊の情報が途絶えた。トラック諸島を失った日本海軍は、ラバウルから航空隊を撤退させていた。

「玉砕」「転進」が消える

 1944年2月25日の大本営発表以降、「玉砕」という表現は消え、「全員壮烈なる戦死を遂げた」と言うようになった。また、翌月には「撤退」「撤収」という言葉が使われるようになった。

 一方で国民は「玉砕」という言葉に強烈な印象を与えられたせいか、皮肉なのか、定着してそのまま使い続けている。

台湾沖航空戦の大戦果

 大本営が発表した最大の戦果は、台湾沖航空戦である。

「我が部隊は10月12日以降連日連夜台湾及びルソン東方海面の敵機動部隊を猛攻し、その過半の兵力を壊滅してこれを潰走せしめたり。

 我が方の収めたる戦果総合次の如し。

  • 撃沈 航空母艦11隻、戦艦2隻、巡洋艦3隻
  • 撃破 航空母艦8隻、戦艦2隻、巡洋艦4隻、その他20隻以上
  • 撃墜 120機

 我が方の損害。

  • 飛行機未帰還 312機

 ちなみに実際には、アメリカ軍は戦艦も空母も1隻も沈んでいない。

敗戦まで

 1945年3月21日、大本営発表。

「硫黄島の我が部隊は、敵上陸以来約1か月にわたり敢闘を継続し、壮絶なる奮戦を続行中なりしが、戦局遂に最後の関頭に直面し、『17日夜半を期し最高指揮官を陣頭に皇国の必勝と安泰とを祈念しつつ全員壮烈なる総攻撃を敢行す』との打電あり。爾後通信断ゆ」

 もはや「総攻撃を行った」「通信が途絶えた」と言うだけで全滅したことがわかるので、最後まで言わなくなった。大本営の発表はどんどん減っていった。

 1945年8月7日、大本営発表。

「8月6日広島市は敵B29少数機の攻撃により相当の被害を生じたり。敵は攻撃に新型爆弾を使用せるものの如きも詳細目下調査中なり」

 1945年8月9日、大本営発表。

「8月9日午前11時頃敵大型2機は長崎市に侵入し、新型爆弾らしきものを使用せり。詳細目下調査中なるも被害は比較的僅少なる見込」

 最後の大本営発表は8月14日に行われ、敵航空母艦と巡洋艦を大破炎上させたというものだった。