第二次世界大戦の解説

第二次世界大戦とスペイン

 スペインは長らく政情が混乱していたが、イタリアとドイツの支援を受けてフランコが独裁体制を確立した。第二次世界大戦勃発の数ヶ月前、1939年4月のことである。

フランコ独裁体制

 フランコ政権はイタリアやドイツのファシズム体制を参考に、教員の粛清や労働組合の財産没収を行い、カトリック教会の地位復活などを行った。

 1939年9月に第二次世界大戦が勃発すると、スペインは中立を宣言する。フランコ政権は明らかに枢軸国側だったが、内戦で国土が荒廃していたスペインにとって、とても参戦できるような状態ではなかった。

 しかしドイツの快進撃を見るとフランコは態度を変え、参戦の意思を示すようになった。できるだけ良い条件で参戦するため、ヒトラーやムッソリーニと交渉を始めた。

 フランコの要求は過大だったため、ヒトラーもムッソリーニも明確な返事はしなかった。やがて独ソ戦が始まり、ヒトラーはスペインの参戦を強く求めなくなっていった。

フランコの立場

 そこでフランコはドイツに5万人の義勇兵を送り、10万人の労働者を送ることを約束した。勝利の分け前を得るためだった。

 しかし、ドイツとイタリアは劣勢になっていった。

 フランコは中立、反共産主義、反日本という立場を明確にして、連合軍からの攻撃を防ごうとした。加えてイギリスと同盟関係にあポルトガルと相互防衛協定を結び、ドイツに派遣している義勇兵を引き揚げさせた。

 連合国に受け入れられるよう、民主主義的な要素を増やしていった。

戦後のスペイン

 戦争が終わると、ソ連はスペインを枢軸国並みの処分にするよう主張した。スペインは国際連合から排除され、アメリカとイギリスも政権交代を求めた。

 しかしフランコはその後も体制を維持し、やがて国際社会への復帰も実現することになる。